メモ

http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20060721/mng_____kakushin000.shtml
昭和天皇靖国メモ』


松平氏が、昭和天皇の「内意」を無視してまでA級戦犯合祀にこだわった背景には、戦前、皇国史観(万世一系天皇が日本を治めることが大切だという考え方)の思想的リーダーだった元東京帝大教授平泉澄氏(故人)との関係が浮かび上がる。
平泉氏と同郷の松平氏は戦前、海軍機関学校受験のため、東京・本郷の平泉氏宅に下宿し、その薫陶を受けていた。
平泉氏は天皇への忠誠を唱える一方、吉田松陰の「諫死(かんし)論」を教え、たとえ主君でも、考えが誤っていたら命がけで諌(いさ)めよと説いた。その教えを受けた旧陸軍の若手佐官らは終戦に反対し、クーデター未遂を起こしている。
大東亜戦争は聖戦だった」という立場に立つ平泉氏や松平氏からすれば、合祀に慎重な昭和天皇は間違っており、合祀を強行することでその間違いを諌めようと考えた可能性がある。

「考えが誤っていたら命がけで諌めよ」などではなく、自分の思い通りに(天皇が)動かなかったので、自分らの思惑だけで合祀を強行しちゃえってことだよね。「諫死論」のご都合主義的解釈(いいとこ取り)っつーか。そもそも命がけでもないし(合祀した後で自決しろとまでは言わないけど)。昭和天皇の考えが誤っているかどうかを彼らの皇国史観的な価値観だけで決め付けてしまうのはどうかと思うな。